三姉妹に学んだ幸せの法則

笑顔、感謝、幸せは自分次第で簡単に作り出せるもの。逆境こそ幸せがたくさん見つけれれる神様が与えてくださった必然的なありがたい経験。子育てをしながら自ら子供達から学んだノンストレス、笑顔あふれる幸せの法則。

三姉妹に学んだ幸せの法則

何が起こっても自分の作った世界

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辛いなぁ、、誰かに同じことやったよねきっと

寂しいなぁ、、、私も誰かを同じ気持ちにさせたことあるよね

きついなぁ、、、同じ事誰かにやったことあるよね

えっ、、とかね、、

どんな感情が心に芽生えても

それは自分の作った世界で起こった事、

きっと生きてきた中で昨日かも知れない何十年前かも知れない、でもいつか私も誰かに同じ事やっちゃってたんだと思うんだ。


だからその都度、自分を見つめ直して振り返るの。そして今の自分の気持ちが辛かったら人には同じ気持ちにさせない。


何か起こった時、全て自分の責任だと思ってる。自分の作ってきた世界だからね。

でも、それって自己改善のチャンスでね。

ありがたいなぁと受け止めて改善して成長していくの。


嬉しいなぁ、ありがたいなぁ、こんな気持ちに沢山なったら、私も周りにこんな気持ちを周りに配れているのかも知れない。

こっちの気持ちが多くなるよう成長していかなくちゃ。


何が起こっても自分の作った世界で起こった事、それは全て自分の責任。

人を責めず、自分を見つめ直す、

最近ね、こんな日が続いてる。


チャンスなのかな。頑張ろ。

そう!どうせやるなら笑顔で!

短所は必ず長所

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この写真は幼稚園を辞める前くらいかな。

長女ももう大学受験の歳になった。

そして公立美大合格おめでとう!

 

巣立ちが近づいている、早かった、一瞬だった、突然シングルになって3人の子供達がまだ小さくて、お金も時間もなくて白飯に塩かけて食べてた時期もあった。でも、いつも溢れるばかりに幸せだった。いつも家の中は笑顔と笑いが溢れかえっている、オアシスだ。

面白いもので病気をしたり、お金がなかったり、仕事も大変だったり、一見どん底のように感じる色んな事情が起こっている時ほど幸せは見つかるものだ。

生きてる事、笑ってる事、何か食べれてる事、体温を感じる事、手足が動く事、一つ一つがありがたくて幸せや感謝が溢れ出す。

 

 

そして本題。

この長女、幼稚園は五重塔の東寺の幼稚園、それはそれは厳しくて年長さんの時、主役のマリンバの演奏を努めた音楽会の後に髪の毛が抜け落ちた。

抜けるという表現よりは持った髪が全て落ちた。

 

気絶しそうなほど驚いて色んな病院を転々とした。京大病院脱毛科で最後はお世話になることになった。ストレスからくる免疫不全脱毛症だった。この脱毛はうぶ毛やまつ毛、眉毛までなくなる人もいるし、一生治らない人もいる、突然治る人もいると言われた。結果的に風邪を引いた後もやっぱり髪の毛が抜け落ちる、小学校2年生くらいまで続いたけど幸い完治した。心の繊細な長女の悲鳴だったんだと思う。

 

幼稚園ではいつもニコニコ楽しそうにしてたけど何をやるにも先生が長女を主役に持ってきてくれた、それを長女もこなすので普通の事だと思っていたら無理してたんだね、

年長さんの12月になって脱毛症、3年弱無理してたんだ。。優等生ぢゃなくていい!!

 

そこで聞いた、幼稚園たのしい?って

そしたら、ほんとはしんどかったって言った

なら、今すぐやめよう!

 

お母さんのお膝で毎日ゆっくり過ごそう、

今からデパートにランドセル買いに行こう!

小学校は楽しいよ!!好きなの選び!

 

と言った。

 

長女は、うん、そうする。って。

 

何かやりたいことある?って聞くと

絵を習いたい。って言った。

 

幼稚園の年の子に絵を教えてくれるところはなくて

美大用の予備校に頼み込んで学生に混じってまだ6歳の長女も教えてもらえるようになった。

 

それが今も続いている絵の世界の始まりとなる。

 

幼稚園で遊ばないでいつ遊ぶ??と思ったと同時に気づいてあげなくてごめんねと思った。

 

幼稚園では教室でも外を飛んでる蝶々をずーっと眺めていたり、気持ちは教室にあらずと言った感じだと先生からいつも聞いていた。

先生からしたら問題だという報告だけどそれは私からしたら素敵な事だ。あーそーですか(^^)って先生の意見はいつもスルー(笑)

 

 

そして小学校に入学、

集団登校には行かない

1人でのんびりお花を観察したりしながら好きな時間に登校してた。

宿題もしない、でもなぜか国語辞典をいつも読んでたり、素敵な感性だなぁそこを褒めて見守っていた。

 

今日は椿が落ちててめちゃくちゃ綺麗やったって帰ってきて報告してくれたり、花びら一つ持って帰ってくれたり。ほんと素敵な世界なの。

 

でもね、学校からは集団登校で来ないととか

宿題がどーのとか色々言われるから

学校に言っておいた、

うちは本人に任せてます、

家では何も言いません、宿題に関しては自分から始めるきっかけがあるまで言わないつもりです。言われて気持ち良い子いませんから逆に凄い度胸だと感心してます(^^)って。

 

先生もわかりましたとおっしゃってくれた。

不思議と2年生の半ばから何も言わなくても宿題やるようになってたなぁ。

そこに大きな価値を感じた。

 

その感性は集団生活などでは問題児だったのかもしれない。でも、素敵だなぁと感じてたしいつもそこを褒めてた、そしたらその感性が大きく大きく成長して大きな花を咲かせた。

 

今もマイペースで自分の世界の時の流れで動く子だ。周りの目は全く気にせず自分の世界が心地よいようだ。

中2の時に1キロの悪性腫瘍が見つかった、本人はのほほーんとしていて、私の方が長女のいない所で泣いていた。

どんな気持ち?って聞いたら

このぽこんて出てるのなくなったらそれでいいわ!

って言葉が返ってきた。強い、本当に強い。

この子から学ぶことがあまりにも多い。

 

オペから帰ってきて体温を感じた時、生きてるだけで、温もりを感じれるだけでこんなに幸せなんだって泣けた。息をしてる、回復と共に笑顔にもなった。幸せがたくさんすぎて感謝でしかない。

 

大学入試では難関中の難関校でほぼ可能性ゼロと言われていた。プレゼンでも上手く話せず終わった後に泣いていた、面談でも上手く話せず落ち込んでいた。でも、ダメでも後3回あるし、まだ受けるからって次の用意をしていた。

今までのんびーりとした不思議な世界で過ごしていた長女が受験では人生で一番頑張ったと思う。やりなさいとは一回も言ってない、自ら目標を立てて努力し、プレゼンの後の涙はこれから生きていく人生の宝物だと感じた。

 

ご縁のある所と自然にご縁を頂けるからとそーっと見守っていたけど、学校との相性があったんだね。長女の持っている世界観が受けた学校とあったんだ、それは引き寄せたのか引き寄せられたのか、心に逆らわず自然の流れで生きてる長女がまた素敵だなぁと感じた。

 

短所ってひとつもない、

必ず逆から捉えたらそれは長所になる。

そこを育てて育てて大きくするとほんと素敵な個性になる。

 

子育ては親育て、感謝です。

 

 

 

出産って赤ちゃんのサポートをする事だったんだ!

f:id:kaasan-3:20210607120337j:plainうちの3姉妹も大きくなって高校生2人と中学3年。あっという間に大きくなって、嬉しいやら少し寂しい。いや、だいぶ寂しかったりする(笑)


今更ながらに目から鱗の気づきがあった。

出産ってめちゃくちゃ痛いよね、

めちゃくちゃ痛すぎて泣いたし喚いたし(笑)

長女の時なんて27時間もかかってもうお腹切って!って泣き叫んでたくらい(笑)


私の場合、出産前から陣痛を楽にしたり、

痛み軽減の呼吸やマッサージを練習したり、

自分が出産することを基準に過ごしていた。


そして当日は、もちろん陣痛が痛すぎて自分自身の陣痛を和らげる呼吸をして、看護婦さんの手を握ったり(笑)叫んだり泣いたり(笑)

テニスボールを踏んだり、

あれやこれやとやってたわけだ。


でも、今日の気づき。。

それは、

『出産って赤ちゃんのサポートを始めてする事なんだ。ってこと。』

子供たちがこんなに大きくなってから気がついた。


そーだよねー、

赤ちゃんは

降りてくよーって降りてこようと頑張ってて、

陣痛で出てこようとしてるんだよねー

陣痛の痛みを逃すことのみに意識を向けてたけど

今頑張ってる赤ちゃんをサポートしてあげるという、

サポートって認識が抜けていた自分にびっくりした、

お母さんが陣痛をどう逃すか、

そればかりを考えていた。


意識が違えば何が変化があったのかもしれない。

27時間もかかって大変でめちゃくちゃ痛かった出産って言い方ではなくて、


27時間も頑張ってくれたんだね、

もう少しスムーズに出てくるサポートしてあげれたかもしれないね。


こんな風に今!意識が変わった。

いくつになっても気づきは大切だなぁ。


子供達が子供を産むときは

そうやって伝えよう(^^)


普段しない事をあえてやってみる、そしたらね新たな何かが必ず発見できる

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今日の太郎山、十四丁の鳥居にて

 

普段の生活でやってない事をあえてやってみる、

一回ではなくてできれば数日続けて、

長い期間やればより発見が明確に出てくる。

 

今日は近くの太郎山の真ん中の鳥居まで歩いてきた、

私がガイドとして登る山はアルプスなど大きな山、

ここのような里山にはあまり登らない、

 

なぜ??

ここに登ったか?

 

3年前、長女に悪性腫瘍が発見された時に

ここ太郎山のてっぺんにある神社に毎日願掛けに通ってたから。

 

がきっかけ。

 

でも、願掛けって私自身そこまで信心深くないし本気で通えば神様が救ってくれると思ったわけではない。

 

でも、そこに私が毎日通う事で

自分の中にどんな変化が生まれるのだろう??

何が発見できるのだろう??

 

神様、今日もありがとうございます。

長女をお願いします。

と、お詣りしながらも

そう思って通った。

 

結果はあったかい新しいものがそこに生まれた。

 

今日は久々にここを訪れた

だけど会う人会う人が

「おっ!お疲れ様!

今日はあったかそうな靴だね」

 

「今日はどこまで??」

 

「また宜しくねー」

 

なんてすかさず話してきてくれる。

殆どが両親くらいの70歳前後の年配者の方だ、

 

私はここで

あったかい心、あったかい場、あったかい神様のいる場所、あったかい人との繋がり、

を手に入れた。

 

一年振りにきてもその手に入れたあったかいものたちはいつも変わらず迎えてくれる。

 

今日もそうだった。

 

「帰ってケーキを作ろうと思って

半分でやめたんです」

 

って話すと!

「そりゃーけいきがえーーーわーーー(笑)」

 

と元気に笑うお爺ちゃん

 

「母が自律神経の調子が悪くて」

 

と話すと

「だいじょーぶだよーー

ここにきてる70代のじいちゃんばーちゃん、

みーーーーーんな、同じだよ、

大丈夫だよー、お母ちゃん大事にしなよ」

 

と話してくれる。

 

ここにはこんなあったかいものがたくさん生まれた。

 

毎日通ってなかったらそれはなかったなぁと思う。

 

あとは神様に頭を下げること

普段の日常で頭を下げることをしないから

なんと言うかな、

謙虚な

素直に感謝の念がより生まれたことに気がついた。

 

だからね、

たまに取り組むの

 

感謝ノートを書いてみるとか

トイレ掃除をみんなが起きてくる前にピカピカにやっとくとか、

 

そんな事でも何か心の中の発見とか

周りの変化とか

新たな何かが生まれるんだよね。

 

今日は気持ちよかった!!

母にケーキを作って送らなきゃ(^^)

 

 ↓↓↓↓↓↓↓↓

この記事は全く違うことだけど続けた結果、私には宝の気持ちが芽生えた話。

www.kaasan.work

 

死、って怖いんぢゃないんだ、おばあちゃんが教えてくれた事。

2ヶ月前に私のおばあちゃんが亡くなった。

私は大阪育ち、おばあちゃんは岡山に住んでいた。小さな頃は年に3回は家族揃って岡山に遊びに行った。


明るく、ひょうきんで、楽しくて、優しいおばあちゃん、亡くなったからではなくて生きている時からおばあちゃんの悪い所は一つも思い浮かばない。皆んなに愛されていたおばあちゃん。


そんなおばあちゃんとも長い間会っていなかった、今年は会いに行こうと思ったけどコロナで面会謝絶だった。


そして、9月22日おばあちゃんが亡くなったと母から連絡があった。


お葬式は来なくて良い、

私の今住む長野から岡山は遠すぎる、

コロナもあるし、

子供3人を留守番さすのも悪いから来なくて良いよ。


と母。



泣いた。泣いたわぁ、、、私。

嫌や!!おばあちゃんに最後に合わないと後悔するから岡山に行く!!

泣きながら絶対に会いに行くと言った。


そこまで言ってくれたらおばあちゃんも喜んでるわ、気をつけておいでと言ってもらえた。


長野から岡山の運転片道8時間半の時間はおばあちゃんのことをずーっと考えていた、ずーっと思い出していた。

そしたらね、笑えるんだわ。

おばあちゃんが面白い人だったから思い出すことは全部笑えた。

亡くなったのに泣くのではなくて思い出して笑える、笑顔になれる。

おばあちゃんの死は今までの私の中にあった死の感情を覆すきっかけになった。


死って怖いものぢゃないんだ



お葬式では皆んなが笑っていた、

微笑んでいた、泣いても笑ってた、

今まで見てきたお葬式は皆んな悲しみに暮れていた、、、、


でもおばあちゃんのお葬式は違った


棺の中のおばあちゃんを見て皆んなが

笑ってた

おばあちゃんを囲んで温かい空気が漂っていた。


ありがとね

ありがとね

ありがとね


って皆んなが微笑みながらそう言ってた。


おばあちゃんは感謝感謝の人だった、いつも笑顔でありがとうありがとうって周りの人に言葉に出して伝えていた、決して怒ることはなかった。


亡くなった後、今度は周りがありがとうありがとうとおばあちゃんに伝える。


人の生き様は死に様に等しいんだなぁ。

そう感じた。


97歳、病気なし、微笑んだまま眠るようになくなったそうです。


そして、おばあちゃんは生きてる間色んなことを教えてくれたけど、

最後の最後まで教えてくれた。


死って怖くないんだよって。


こんな素敵なおばあちゃんの孫に生まれたことに心より感謝だと感じる。


今は私の首元でおばあちゃんの形見のネックレスがそばにいてくれている。


おばあちゃん、ありがとう。



何が起こっても全て自分の呼び寄せてる事

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日々精進だな、摩擦の感情がニョキニョキ出てきたら自分を見直そ(≧∀≦)


最近ね、こんな感情出てくるんだわ(^◇^;)

↓↓↓

なんで??そーなんの??

えっ??うそやん!!

悲しいなぁ、

残念やなぁ、

もー無理、

こーならんかな、


みたいな、

よくない感情(笑)


私はもともとそんな感情は使わない

というか

湧いてこない性質だったはずなのに


最近よく使うんだわ

困ったもんだ(笑)


良い感情とは言えないから

気持ちとしても以前のように

すっきりしない、

うちから溢れ出す笑顔は半減しているような

そんな気がする



そー思った時は

見直しのチャンスだったよね、

今日は寝れなかったから

夜中中ずーっと自分と向き合っていた



答えは初めから出てるんだわ

実はね、


前にも書いたけど


『結局、何が起こっても

全て自分の作った世界の中で起こっている事情。


って事は、

全て自分に原因がある』


って事なんだよね。


不満や摩擦、派閥、マイナスの感情は

紛れもなく

『自分の築き上げてきた環境、

人間関係、自分の性格や質、

の中で起きている』



うわっ、そしたらさ

ぜーんぶ私のせい(笑)


答えは


もっと成長しなさい

変わるチャンス

まだまだ未熟やなぁ私


よし!!

日々精進!!


って事だわ(笑)


1人で徹夜塾やな(笑)

お陰様でまた心が整理できた、

ずーっと前から自分の中で確立していた考えだったけど。ついついそれを忘れて己に原因がある事をそっちのけにしてしまう悪い癖がある。


頑張る!!(*^^*)


失う物と得る物、この天秤のバランスは時には難しい

f:id:kaasan-3:20200619115215j:plain朝日に染まる北アルプス槍ヶ岳と私


私はいつも言うように、

仕事や目標、志すものが見つかれば

それを得るために失うものは喜んで捨てていく。


捨てるもの、

具体的には例えだけど


時間、お金、安定、慣れた環境、

時には仕事、睡眠時間、時には人間関係、


いろいろあると思う。

今まで使っていたなにかと置き換えて頑張る事も多い。時間とかね。


志すものに到達した時、

失ったものの事なんて何にも覚えてないほど

満たされて幸せを感じるんだから。


そして、自信にもつながる

すると、もっと自分が好きになる(笑)


もちろんそこに到達するまでにとんでもなく努力するんだけど、

でも、比較的楽しんで頑張れるようになってる。これは訓練だね。



そんな私が少し悩むことがあった。

捨てていいの??

それ、なくなっちゃっていいの??

私の宝物ぢゃないの??


みたいなね。


すごく難しくて

迷った、

迷うって好きではないんだけど、

どーした私。。。


こんな私もおるんだね。(^◇^;)


でも決めたんだ、

結局ね、

優先順位に従うことにした、


『自分の心に真っ直ぐ裏切らないこと!それに従う、家族、仕事、仲間...」


めちゃくちゃ大雑把だけどこんな優先順位がある、これに従った。


でもね、悩んだの

その捨てるものは大切なもの気がしてしかたなくて。


いつも思う、

もっともっと大きな幸せのためにそれを捨てたんだ。


だからさ!今回も絶対大丈夫!

頑張るよ!!